10 / 任務と噂 |
「んー……っ」 顔を半分ほども覆った面布の下であくびをかみ殺し、カカシはいつも眠たげな目をさらに眠た気に、しょぼしょぼとまばたきさせた。 三代目との約束の刻限まであと五分。 本部の廊下をゆっくりとした歩調で歩くカカシの姿を見ている限りでは、約束の刻限を覚えているのかすらも怪しく思えるのは何故なのか。 仮にも上忍であるのだから、私生活はともかく、公の場で時間を疎かにする事など考えられない――が、彼をよく知らない人がその姿を見れば、約束の時間を覚えているのかと問い正しそうな雰囲気だった。 執務室の前でピタリと立ち止まり、一応声をかける。 「カカシです」 「おお、入れ」 猫背を正してからドアノブに手をかけ、捻る。わずかばかり木の軋む音を響かせながらドアが開くと、そこにはすでにサクラの姿があった。 その横に並び立ち、ちらりと視線を向けると、サクラは一瞬だけ冷めた一瞥を向け、何事も無かったかのように前を向く。 昨夜のあの言葉は夢だったのだろうか。 カカシはふと、そんな感傷に浸ってみた。 「今日お前達を呼び出したのは、もちろん任務について話があるからだ」 サクラの横顔に送り続けていた視線をそこでようやく三代目へと戻すと、彼は机の上に置かれた数枚の書類を手に取って、二人に向かって差し出した。 「今回の任務は、ある大名に屋敷に侵入して、イヤリングを盗み出すこと」 視線に促され、書類を手に取りさっと目を通す。 資料は全三枚。 翡翠と蒼が混ざり合ったような、複雑な色をした宝石のついたイヤリングの写真と、屋敷の場所を記した地図と、屋敷内部の見取り図。 宝石に全く興味のないカカシが見ても、そのイヤリングが相当高価なものだろうという事は容易に想像できた。 まあ、そんな事はどうでもいい。 任務は任務。内容がどうであろうと、果たすべきものだ。 「他は誰が?」 「全部で五人、他の三人にはもう知らせてある。カカシ、お前がリーダーじゃ。他の三人もサクラと同じ中忍じゃからな」 二人だけで良かったのに。 カカシはひそかにそう思う。 「分かりました。出発は二時間後で?」 うむ。と何故か大仰な仕草で頷くと、三代目は組んだ手に顎を乗せてにやりと笑った。 「では二人とも、吉報を待っておるぞ」 本部を出るなり、カカシの方を一度も振り返る事無く、サクラはさっと踵を返して商店街へと歩き出す。 その後姿をしばし眺め、カカシはふと今日が『イチャイチャシリーズ』最新刊の発売日だったことを思い出した。彼の目指す本屋は商店街の中ほど――つまりは、サクラと進行方向が同じになるわけで。 途中まで一緒に行こう。 思い立ったら即行動。随分先を行くサクラに追いつこうと、カカシは早足で歩き出した。 すぐにサクラに追いつき声をかけるが、、彼女は振り返りもしなければ返事を返すこともない。 完全無視。 むっときて、彼女の右手を掴み軽く引き寄せると、サクラはさすがに振り返りカカシを軽く睨みつけた。 「途中まで、一緒に行っていい?」 「好きにすれば?」 一応承諾らしきものを得てから、サクラの隣に並んで歩く。 だが、歩き出して数歩ですぐに気が付いた。目だけでさっと周りを見回すと、男という男が皆、サクラに視線を送っている。 その視線はまさに多種多様。 ただ呆然と視線を送っているだけの者、気味が悪いほど凝視している者、明らかに浅ましい事を考えて熱っぽい視線を送っている者などなど。 これだけの美貌なのだから、気にならない方がおかしいというのは分かる。非常に分かる。 が。 やはりどこか、気に食わない。 しかし、周囲から視線を集めているのは、何もサクラ一人だけではない。カカシにも、徐々に視線が集まってきていた。その殆どは男からの嫉妬の視線だったが。 別にカカシがサクラに何をしたというわけではない。ただ横に並んで歩いているだけ。だが、それさえも羨ましいという事なのだろう。 カカシとて、こういう事態になるだろうとは予想していた。 ――かなり、予想よりも規模は大きいが。 ぐるりと周りを見回して、彼女に見とれている者の中に知った顔を見つけ息をつく。 あいつ、新婚だったよな カランと、小さな鐘が鳴る音が耳に入りカカシがさっとそちらに目を向けると、隣にいたはずの彼女がいつの間にか一軒の店に入って行っていた。 ドアの横の看板には『木の葉家具』と、洒落た文字で書かれていた。 その看板と、サクラが入っていたドアと、もうすでに目と鼻の先にある彼の当初の目的だった本屋とをしばし見比べ、やがてため息を一つ。 カカシは結局、彼女が入って行ったばかりのドアに手をかけた。 カランと、ドア上部の隅につけられた小さな鐘が音を立てた。 さすが家具屋。と思わせるような凝った内装に、所狭しと並べられた家具の数々。 テーブルに始まりソファに棚。そして、寝具。 「あ」 サクラがヘッドボードのついたダブルベッドを見て、店員と話しているのが微かに聞こえてきた。 「これが欲しいんだけど」 「はい、いつお届けいたしましょう?」 「一週間後の午後八時に、この部屋までお願い」 一週間後といえば、今日三代目から告げられた任務の予定終了日。 しかし、今日ベッドを購入したという事は、昨日は何処で寝たのだろう。 そんな事をぼんやりと考えながら、カカシは売り物のベッドに座ってその光景を眺めていた。 集合時間、木の葉の門の前に五人の忍の姿があった。 「三人とも、一週間は俺がリーダーだからよろしくね。名前は……別に言わなくても知ってるとは思うが、一応言っておく。はたけカカシだ。知らない人がいるかもしんないから、それぞれ先に自己紹介してもらおうかな。じゃあ、右から順に」 そう言って、長い金髪のくの一に目を向ける。 「あたしは山中いの。他には別に何も言わなくていいんでしょー?」 「うん。じゃあ次」 「あ、あの……日向ヒナタです」 肩より少し短めで切りそろえられた黒髪の少女が、手をもじもじとさせながら恥ずかしげに呟くように名を告げる。 たしか、ものすごく内気な娘なのだと、噂で聞いた事があるような気がした。見ただけでも、いのという娘とは正反対のタイプのように見える。 その隣の少年は、知っている。木の葉の誇る、冷静さと頭脳、だったか。 「オレは、奈良シカマル」 最後に、一番左にいたサクラに眼を向ける。 「――私も?」 「うん」 「春野サクラ」 その名前に、三人が驚いたようにサクラを見た。 「あんたが、あの春野サクラなわけー?」 「………?」 「ふーん……スゴイ噂だからどんな奴かと思ってたけどー、案外普通なのねー」 『スゴイ噂』。 何がどう、すごいのだろう。 「スゴイ噂って…どんな?」 「私が聞いたのはー、春野サクラって言う女がサスケ君やナルトに圧勝したって言う話ー。本人に聞いたらサスケ君は喋ってくれないし。ナルトは負けたって言ってたけどー」 なるほど。 ナルトはともかく、プライドの高いあのサスケが自分の口から『負けた』と言いふらすとは考えられない。となると、その『スゴイ噂』とやらを広めたのはナルトだろうか。ありえる話だ。 でも、別に噂が広がったからといって困ることではないし、どうせいつかは知られることだ。 サクラの名前が広まってしまったことは、カカシにとっては困ることであるが。 「んじゃ、そろそろ出発するか」 思わずそのことについて考え込んでしまいそうになった自分を叱咤して、カカシは四人に声をかけた。 ■2002-09/19■改稿2003-09/25 フォーマンセルはありえないよとか、そのメンバー何かおかしいよとか、どうか放っておいて下さい(滝汗)。このシーンは、書いててあんまり楽しくないのですよ。 パッとするシーンがないから(自分で書いといて何言ってんの)。 |
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